エルトン・ジョンの光と影を描いたミュージカル映画『ロケットマン』




8月23日より公開になった映画『ロケットマン』。ご存じ英国のミュージシャン・エルトン・ジョンの人生を描いた作品だ。主演を務めたのは、『キングスマン』で一躍脚光を浴びたタロン・エガートン。監督は日本でも大ヒットした『ボヘミアン・ラプソディ』のデクスター・フレッチャーだ。

公開日に観に行きたかったのだが、体調が悪く翌日の朝一で映画館に足を運んでみた。『ボヘミアン・ラプソディ』は日本公開の朝一で観たのだが、このときはやや年齢層は高めだったものの、客入りはそこそこ。今回も客層は似ているものの、やや人の入りは少ない印象だった。

オープニングでド派手な衣装を纏ったエルトンが、依存者の会のような施設に駆け込み自分の話を始めるところからスタートする。そこから幼少期から青年期、売れないミュージシャンからスターに駆け上がっていく様子が描かれていくのだ。

クイーンのフレディ・マーキュリー同様、同性愛者であるエルトン・ジョンを題材にしているということもあり、てっきり同じような路線の作品なのかと思いきや・・・・・・『ラ・ラ・ランド』のようなミュージカル路線で、いきなり出鼻をくじかれた気分に。

まぁ、『ボヘミアン・ラプソディ』の場合は正直ラストのLIVE AIDの疑似ライブ体験以外の、ドラマ部分に関しては若干ぶつ切り感があり、「むしろライブ映像を観た方がファンじゃない人も楽しめるのでは?」と感じたので、まだ健在のエルトンを映像化するには、今回のようなミュージカルスタイルのほうがあっていたのだろう。

映画で描かれていたのはエルトンの影の部分

この映画では、華やかなスター街道を突き進むエルトンとは別に、その裏で家族にも愛されず、性的マイノリティゆえの孤独感など、必ずしも華やかな人生を歩んできたわけではないことがわかる。

数多くのヒット曲を持つエルトンだが、自身では詩は書かず、長年パートナーだった作詞家バニー・トーピン(ジェイミー・ベル)とのコンビで曲作りをしてきた。彼らは恋愛関係にはなかったものの、これまでほとんど喧嘩をしたことがないという。やや複雑にも感じる関係性だが、その様子が作品を通して伝わってくる。

しかし、エルトンの周りにいる人物は必ずしも善人ばかりというわけではない。家族を置いて家を出て行ってしまった、父親のスタンリー(スティーヴン・マッキントッシュ)。当初は恋愛関係にあったものの、そのうちエルトンをビジネスの道具のようにしかみなくなるマネージャーのジョン・リード(リチャード・マッデン)など。 そうした中、薬物に溺れながらもスタートしてステージに立ち続けていく。

劇中のエルトンの心境を補足するように流れるのが、「あばずれさんのお帰り」「アイ・ウォント・ラブ」「土曜の夜は僕の生きがい」「サンキュー・フォー・オール・ユア・ラビング」「人生の壁」「ロックン・ロール・マドンナ(インタールード)」「僕の歌は君の歌(ユア・ソング)」「過ぎし日のアモリーナ」「クロコダイル・ロック」「ピンボールの魔術師」「ロケット・マン」といった数々の名曲たちだ。

レコード会社にも認められず、くすぶっている中、「僕の歌は君の歌(ユア・ソング)」が生まれる瞬間の感動的なシーンが収められていたり、あるいは大胆なアレンジが加えられて最初はなんの曲かわからなかった「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」など、ヒット曲が膨大に流れ飽きさせない作りになっているところは、さすがミュージカル映画ならではといったところだろう。

50着以上も着替えたという衣装にも注目

エルトン・ジョンといえば、派手なステージ衣装がトレードマークになっていたが、今作で主役を務めたタロン・エガートンは、50着ほどの衣装を身につけたという。エンドロールで実際にエルトンが身につけたときの写真と映画のシーンの比較も観られるようになっているので、チェックして見て欲しい。

この衣装もよく似てるものを探してきたけど、まったく同じというわけではない。たとえば芸名のエルトン・ジョンも、元バンドメンバーのエルトン・ディーンとロング・ジョン・ボルドリーから名付けられたものだが、「ジョン」を選ぶシーンではなぜかビートルズの写真が映し出され、なかでもジョン・レノンが目立つようになっていた。このようなちょっとしたシーンにも微妙な突っ込み処があることろが、この映画の面白いところだ。

(高島おしゃむ)




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