わたしがフリーライターになったきっかけ




みなさん初めまして。フリーライターの高島おしゃむです。普段は、主にゲームやIT系をベースに、取材などの記事を書いています。

ところでみなさんは、「フリーライター」と聞いてどんなイメージをお持ちでしょうか? 何か夜にどこかに潜んで、芸能人の裏の生活を追いかけたり、あるいは事件の現場に足を運んで特ダネを掴む・・・・・・まぁ、そんなすごい仕事をしている人ももちろんいるのではないかと思いますが、基本は「クライアントからの要望に合わせて、その要件を満たす記事を作るお仕事」というのが近いのかもしれません。

たとえばゲーム系メディアの場合、平日は編集部の人たちも稼働できますが、1年365日休み無しに働き続けるわけにはいきません。ところが、いわゆるいイベントは一般の人が休みの土・日・祝日に行われることがどうしても多くなってしまいます。そこで出番となるのが、外注のフリーライターというわけです。まぁ、言ってしまえばたんなる傭兵といった感じですね(笑)。

そんなわたしがフリーライターになったきっかけは1999年なのですが・・・・・・それより5年ほど前に時計を戻してから話しを進めていきたいと思います。

バブル崩壊のアオリで突然プー太郎に

わたしがPCゲーム雑紙の編集者になったのは、1994年5月でした。実はその前年までプログラマーをしていたのですが、時はバブル崩壊直後。わたしの1年あとに80名も入った新入社員は、その煽りを受けてほぼ全員クビに。会社も不況まっただ中で、起死回生のプロジェクトに挑んだのですが、これがトンだデスマーチプロジェクトでした。

会社に布団が用意され家にも帰ることは許されず、ずっと缶詰状態に。そんなこんなでいろいろと精神状態が破綻して、1993年夏、人生で初めて出社拒否をし、そのまま退社することになったのです(その直前に退職届は出していたものの、精神的に持たなかった)。

それから翌年の春先まではほぼプー太郎状態に。実際になったことがある人ならわかると思いますが、早いんですよね~、1日が過ぎて去って行くのが。な~んにもしてないにもかかわらず。

あ、これを書いてて思い出しましたが、実は夏から春先の間に、2ヵ月間だけいた会社がありました。これが超体育会系で、バンバン人が止めていくというところで、わたしもその波に押されて、すぐに退社することに。

そうこうしているときに、大手だろうがなんだろうが、破れかぶれでいろんなところに100通でも200通でも履歴書を送りまくって就職活動をしようという、いわゆる「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」作戦を開始したのです。

ちなみにこれは、今でも座右の銘にしているぐらいです。まぁ、とりあえずごちゃごちゃ考えずにやってみればいいですよ。どうせ失敗したところで、たいしたダメージもないし。

忘れた頃にやってきた面接のはがき

その中のひとつが、今はなきコンピューター系出版社だったのです。そんなところに応募していたのも忘れていたのですが、それぐらい応募からそのはがきが届くまでが長かった記憶があります。

その後、まさにひょんなことから雑紙編集者になったのですが、実は生まれてこのかた、一度もライターになりたいと思ったことはなかったのです。むしろ、小学校の頃に書いていた作文は、やたら「そして、そして」とまったく文才のないものばかり書いていたので、そもそも向いていないと思っていたぐらいです。

すでにこの仕事に携わるようになってから、四半世紀が立ちますが、今でも才能はないと思っています。まぁ、ぶっちゃけそこまで文章が上手い必要はないのかな・・・・・・とも思ったり(笑)。

30歳を目前にフリーに

出版社では、編集作業のほかスタッフライティングも行っていたため、自分で取材をしてラフを切り、原稿を書くという一連の流れをすべてこなしていました。

その時にはあまり意識はしていませんでしたが、結果的にそのときの経験が一生モノの武器となったのです。

雑紙編集者は30歳目前のときに契約が終わり(契約社員だった)、突然フリーで活動することになりました。これも自分で望んだわけではなく、もちろん準備もなにもしていなかったため自身はなかったのですが、とりあえず手っ取り早くお金を稼げるということから、フリーライターになることに。

結論から言うと、その時は雑紙編集者時代よりも、倍ほどの額を稼ぐことができました。これはまた別の機会にお話ししたいと思いますが、当時は雑紙がまだまだ健在で、記事単価が高かったというのも理由のひとつです。

45歳でまさかの再びフリーに!?

まぁ、そこまでは普通だと思うのですが、その後、縁で一部上場企業でコンテンツの運営作業に携わるようになり、その仲間たちと2006年に起業し、大手レコード会社のコンテンツ運営などを行っていました。しかし、当時請け負っていた仕事がたまたま同タイミングでほぼなくなり、会社が維持できなくなってしまいます。しかたがなく、それぞれが自ら稼ぐことになり、またまた思いもよらず、2014年4月より再びフリーランスとして活動してみることにしました。

1999年にフリーライターになったときとの大きな違いは、その当時あった雑紙はほぼ消滅し、主な戦場はウェブぐらいしかないということでした。

フリーになってから稼いだ額は、最初の月が3万円。翌月が6万円。その後数ヶ月は10万円程度と、このままで大丈夫なのか? と思うこともかなりありました。しかし、活動を続けていくうちに人の縁も広がり、ある程度の収入が稼げるようになってきました。

ここでいいたいことは、つまり、フリーライターという職業はたとえ間に15年ほど空いていたとしても食いっぱぐれずになんとか食っていくことができるスキルであるということです。

とはいえ、雑紙時代から比べると、ウェブ時代のライターの不遇さはなかなかひどいモノがありますよね(涙)。そうしたことも含めて、こちらのブログでは、普段わたしが感じていることや役にたつものの紹介、あるいは裏技的な事も含めて、いろいろと書いていこうと思っています。

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